カギ型の罫線 その5
▲画像出典=『紙の大百科』(美術出版社)116ページの全体
●三辺に線があるカギ型の罫線
▲画像出典=『紙の大百科』(美術出版社)116ページの一部
書籍『紙の大百科』(美術出版社)で使われたカギ型の罫線は、これまでに紹介してきたものと違い、三辺に線があるものです。四辺すべて閉じてしまいそうなところに空きを作り、閉塞感が生まれないように配慮されている他、縦の矩形(長方形)を強調しながら、横の広がりをも暗示しています(受け手に想像させています)。「どこに空きを作るか」はデザイナー(*)の感覚によって決められたものだと推測しています(これを論理的に読み解くのは困難です)
●図解
▲画像出典=『紙の大百科』(美術出版社)116ページの一部
(※図版に解説を加えたものです)
*デザイナーは『カギ型の罫線 その1』
で『an・an』の罫線を分析していた工藤強勝氏。
カギ型の罫線 その4
▲画像出典=『芸術新潮』(新潮社)2011年6月号61ページ
またまた『芸術新潮』より。2011年6月号の特集ではカギ型の罫線が多用されました。
同誌のアートディレクターを務める日下潤一(くさか・じゅんいち)氏にお会いさせて頂く機会があり、お話を伺ったところ、「普段の特集よりも文字数が少なかったため、余白が多くなりすぎないように罫線を設けた」と仰っていましたが、この頁を見る限りでは、カギ型の罫線が見出しと本文を明確に分け、ホワイトスペースを活かして見せる効果をも生んでいるように思えます。
芸術新潮は毎月発行される上に毎号特集のテーマが違うので、こういった罫線を設けることで他の月との差別化をはかる狙いもあるようです。日下氏は長らくの間、罫線を使わないデザインを心がけていたそうですが、近年は実験的にも罫線を増やす方向にあると言います。
カギ型の罫線 その3(※春画です)
春画の図版が刺激的で公開を躊躇ってしまいますが(笑)、雑誌『芸術新潮』2010年12月号で使用されたカギ型の罫線を紹介します。
★カギ型の罫線(実際に使われたもの)
▲画像出典=『芸術新潮』(新潮社)2010年12月号71ページ
(※Web上で見やすくするために、解説部分にある罫線を実物より太くしています)
▲これは図版の解説部分にカギ型の罫線が引かれているもので、罫線の位置と方向で、解説がどの図版に従属しているのか、一目で分かるようになっています。
★罫線を全て無くしたもの
▲画像出典=『芸術新潮』(新潮社)2010年12月号71ページ
※解説部分にある罫線を無くしたものです
▲これで罫線がなければ、左上にある解説が上にある図版に従属するのか、下にある図版に従属するのか、やや分かりづらくなってしまいます。(酷く分かりづらいわけではないですが、罫線を使ったほうが親切で、ページ全体も引き締まります)
★法則性を乱した罫線
▲画像出典=『芸術新潮』(新潮社)2010年12月号71ページ
(※解説部分にある罫線の法則性を乱したものです)
(※Web上で見やすくするために、解説部分にある罫線を実物より太くしています)
▲もし、上の画像のような罫線の使い方をしてしまうと、読み手は混乱してしまうことでしょう。元のぺージは「線の開いている方向に図版がある」という法則性に基づいているからです。
カギ型の罫線 その2
▲画像出典=『タイポグラフィの基礎』(誠文堂新光社)183ページ
★カギ型の罫線(実際に使われたもの)
▲画像出典=同上(再現のため、細部が一部異なります)
▲書籍『タイポグラフィの基礎』(誠文堂新光社)でも、註釈を表記する部分にカギ型の罫線が使われていました。この罫線により、註釈と本文の境目が明確になり、読者もページの中から註釈を探すことが容易になっています。
★罫線を全て無くしたもの
▲画像出典=同上(再現のため、細部が一部異なります)。罫線を全て無くしたもの。
▲しかし、罫線を無くしてしまえば
誌面の中でのまとまりが無くなってしまいます。
★四辺すべてを閉じた罫線
▲画像出典=同上(再現のため、細部が一部異なります)。四辺すべてを閉じた罫線。
▲だからと言って四辺全てを閉じると、閉塞感が生まれる他、註釈が本文より目立ってしまったり、見出し(「★註」の文字)が目立たなくなる問題が発生してしまいます。
カギ型の罫線 その1
▲画像出典=an・an 1990年9月21号(『本と雑誌のデザインがわかる本』〈ソシム社〉174ページより)
新聞レイアウトの手法は、雑誌『an・an』で応用されました。これに対してグラフィックデザイナーの工藤強勝(くどう・つよかつ)氏は、以下のように分析しています。
日本の新聞レイアウトは、どのタイトルも始まりは揃っていない。これはテクニックが必要なコラムの作り方ですね。こうなっていると頭から読んでいく必要はなくて、見出しだけ見て、好きなところから読めてしまう。
情報ブロック間の罫線に対して、工藤氏は
なんとなく囲んでいるように見えますが、固くならないように、ぬけ道を作っています。
と分析し、当時『an・an』のデザイナーを務めた鈴木誠一郎氏も
しっかり囲んでしまうと閉塞感が出ます。
と述べています。
ここで使われたのは「カギ型の罫線」です。これは四辺すべてを閉じた「四角形の面」を暗示しています(受け手に想像させています)。しかし全て閉じてしまうと閉塞感が生まれ、ひとつひとつの要素が独立しすぎてしまうこともあるため、デザイナーはあえて「カギ型」を選択しているのだろうと推測します。
(引用元=『本と雑誌のデザインがわかる本』〈ソシム社〉174〜175ページ)
罫線の多い新聞レイアウト
まず手始めに、こちらの画像をご覧ください。
そして、どちらが読みやすいか比較して下さい。
▲画像出典=『北海道新聞』2011年7月22日 日刊10面
▲画像出典=『北海道新聞』2011年7月22日 日刊10面(罫なし加工後)
さてどうでしょう? 下にある
罫線の無い新聞は「読みづらい」ですよね……?
新聞ほど身近で、かつ罫線が多用されている印刷物は他にありません。文字や図版が隙間なく詰め込まれているところを罫線が区分けしています。表罫や裏罫、かすみ罫などが使い分けられており、文字の段間にも罫線があったり無かったり。
図版で示した「罫線の無い新聞」は、どこから読んで良いかも分からず、紙面全体が引き締まらないことから、読み手にストレスを与えることでしょう。
しかし、こういった日本の新聞構成に対する批判もあり、とあるデザイナーは、海外の新聞レイアウトを高く評価した上で「日本の罫線は罫線を多用しすぎている。情報を区切りさえすればよいという姿勢が『何でもアリ』のレイアウトを生み出している」と意見していました。
『デザインと罫線』について
このブログは、私、小倉佑太が大学院(東海大学芸術工学研究科生活デザイン専攻)在籍時に執筆した論文(『エディトリアルデザインにおける文章記号の研究』)を、わかりやすい形に再編集して公開するものです。しかし、そもそも「デザインと罫線」というタイトルが何を意味するのか? 説明が必要です。
2005年から現在に至るまで、雑誌『アイデア』のアートディレクションを手がけるデザイナーの白井敬尚(しらい・よしひさ)氏は、自身が駆け出しの頃、「カタログをどう見せるか」について、以下のような試行錯誤をしたと述べています。
カタログは限られた紙面の中に膨大な数の商品を掲載し、しかも品番、品名、価格、サイズ、カラーなど多種多様な情報を整理して載せなければなりません。ユーザーやディーラーが使いやすいようにするには、組版で情報に優先順位をつけてやるしかないわけです。商品スペックひとつ組むにしても、同じ書体でボールドからライトまでのウエイトによる濃度差による強弱をつければ、単に文字サイズを大きくしなくても解決できるとか、飾りではない機能としての罫線の使い方とか、いくつもスペック組みのパターンを作って、試行錯誤を重ねていました。
(引用元=クリエーターズファイル | 白井敬尚 | GA info.)
ここで注目したいのは、太字にした「飾りではない機能としての罫線の使い方」という言葉です。「飾りとしての罫線」、いわゆる「飾り罫」についての資料は充実しているものの、「機能としての罫線」についての考察は、前例がなさすぎて、参考資料がほとんどありませんでした。本ブログはそこへ切り込むものです。
本ブログがデザイナーやデザイナーを志す学生に多く参照して頂けることを願ってやみません。というか、罫線というのが余りにも便利なので、私にとっては「秘伝のタレ」を紹介してしまう心境なのですが、このたび解禁。マイペース更新ですが、どうぞよしなに。